10月13日の夜、バンコクにて

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奇妙な静けさに包まれた夜だった。

夜8時を過ぎたBTSの車内はまだいつものように混雑していたが、国王死去の報に接したであろう多くの人々の顔からは表情が消え、みな押し黙っていた。

どの店に入っても音楽すら鳴っていなかったし、スクンビット通りにずらりと並んでいた屋台はしばらく前に軍事政権によって撤去させられていたこともあり、それが辺りの雰囲気をいっそう寂しく見せていた。

会う予定だった友人には断りの連絡を入れ、アソーク周辺で一人手短に夕食を取り、またすぐにホテルに戻った。シャワーを浴び、汗を丁寧に流し一息つくが何となく落ち着かない。

見るともなしにつけっぱなしになっていた部屋のテレビ画面は白黒で、どのチャンネルも国王のニュースを繰り返し伝えている。

プミポン国王がタイ国民から「父」と慕われ、どれほど敬愛されていたかはよく知っていたものの、正直なところ日本人である自分にはタイの王様に対する思い入れは無い。

だが、電話の向こうから聞こえてくるタイ人たちの声を通して喪失感や戸惑いが手に取るように伝わってきて、「ああ、大変なことが起こったんだな」と感じると同時に、なぜか自分もひどく悲しくなった。

あの夜は、何かを話さずにはいられないが、何をどう話していいのかわからないという人ばかりだったように思う。街の灯りが消え、いつもよりも薄暗いバンコクで誰もがじっと不安な夜を過ごしていた。

深夜になると、テレビでは国王がこれまでにタイ各地を訪れた映像が音楽とともに流れ始めた。

バックに静かにかかっていたのは国民的歌手トンチャイ・メーキンタイ(愛称:バード)の歌う、ループ・ティー・ミー・トゥック・バーン(รูปที่มีทุกบ้าน)という曲だった。

直訳すれば、「誰の家にもある写真」。

タイ人の家に行くと、部屋の一番高い場所に必ずと言っていいほど国王の写真が飾ってある。プミポン国王がいかに国民に愛されていたかの象徴ともいえる光景だ。

白黒の画面の中でバードはこう歌い続けていた、

誰の家にもある写真 豊かであろうと 貧しかろうと 遠く離れていようとも
(เป็นรูปที่มีทุกบ้าน จะรวยหรือจนหรือว่าจะใกล้ไกล)

誰の家にもある写真 敬愛と共に 忠誠と共に 心と共に
(เป็นรูปที่มีทุกบ้าน ด้วยความรัก ด้วยภักดี ด้วยจิตใจ)

どうかお父さまの後を追わせて下さい 慎みという言葉を心から唱えながら
(จะขอตามรอยของพ่อ ท่องคำว่าเพียงและพอจากหัวใจ)

お父さまの良い子として 敬愛と共に 忠誠と共に
(เป็นลูกที่ดีของพ่อ ด้วยความรัก ด้วยภักดี)

夜の間ずっと流れていたため、テレビを消しベッドに横になってからもこのフレーズは頭の中をぐるぐると回りつづけ消えることは無かった。

あまりに偉大な父親を失った今、タイ人たちがこれから独り立ちできるまでにはどれほどの長い月日が必要なのだろうか、という思いと共に。

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End of an era