祖父が亡くなって既に20年以上が経つが、生前、香港・マカオへ旅行した際のアルバムが実家の倉庫から見つかった。
祖父が旅したのは私がまだ生まれる前の昭和43年（1968年）10月。日本で海外渡航が自由化されたのは昭和39年のことで、その4年後ということになる。1ドル360円の固定相場制、大卒初任給は約3万円という時代。
若い頃に香港を訪れたということは聞かされていたものの、実際にこうした写真を見るのは初めてで感慨深い。几帳面な性格だった祖父らしく、アルバムには写真以外にも細かな字でびっしりと出発前の準備やら出入国手続きの仕方などが書き記してある。
観光目的での海外旅行ができるようになったとはいえまだ外貨持出しの制限は厳しく、外貨購入は1週間以内の旅行は400ドル、1週間以上だと500ドルまで。パスポートの取得代金は1,500円で有効期間は6か月間。ビザ代は香港が1,150円（3か月有効）、マカオが1,167円（4か月有効）。出発前に種痘とコレラの予防接種も受けたようだ。
羽田～香港間はキャセイパシフィック航空を利用。もちろん当時は「イギリスの」航空会社。香港行きCX521便で、この便名は現在も成田発香港行きのフライトで使われている。
4泊5日の旅行日程をざっと見てみると、初日は羽田空港を夜10時過ぎに発ち、香港の啓徳空港到着は午前2時15分。空港では花束の贈呈を受け記念撮影をして、ホテルへ到着したのは午前3時過ぎ。
2日目午前中はショッピング。昼食は飲茶。午後は九龍・新界を観光。難民アパート、客家の城壁村がある錦田、落馬州の国境展望台などを見学している。当時「中共」から多数の難民が香港に流入、各所に難民アパートが建ちこれが観光コースにも組み込まれていたようである。
3日目は水中翼船でマカオへ。昼食は松屋ホテル(Hotel Matsuya)でポルトガル料理。午後は市内観光として聖ポール天主堂跡、モンテの砦、モンハの砦、カジノなどを訪れ、夕方には再び船で香港へ。
4日目午前中はまたショッピング。午後は香港島に渡りタイガーバームガーデン、アバディーン、ビクトリアピークといった今でもよく知られる観光地を巡っている。
最終日5日目は夜が明けきらないうちにホテルを出発。早朝便で一路帰国の途へ。
香港での投宿先はプレジデントホテル(President Hotel)。残念ながら既に廃業してしまっているがネイザンロード沿いの一等地にあったホテルで現在はショッピングモールのアイスクエア(i SQUARE)に生まれ変わっている。
マカオで昼食をとった松屋ホテルというのは半島部の高台に建っていたようで、Googleマップで確認すると現在も仁伯爵綜合醫院の前に建物だけはそのままの状態で残っている。
森繁久彌の「社長シリーズ」では面白おかしく描かれていたが、1960年代の香港土産と言えば宝石や腕時計なども定番だったらしく、その例にもれず、祖父もオメガの自動巻きを購入。ずいぶんお気に入りで、年を取ってからも外出するときは決まってこの時計をはめていた。
ただ、ごく普通の勤め人だった祖父にとって海外旅行は高根の花。結局、生前海外に行ったのは後にも先にもこれ1度きり。そのせいかよく祖母が、「一度でいいから外国に行ってみたかった」とこぼしていたことを思い出す。
祖父の旅から半世紀以上が経った今、まるで渡航自由化前に戻ったかのように、国外に気軽には出られなくなった。コロナ騒動が終息した暁には、このアルバムを持って祖父が見た香港・マカオの風景を一度じっくりと辿ってみたいと思いながら悶々とした日々を過ごしている。
